2019/09/05
2ナノメートルの分子の歯車
~ナノサイズの分子の歯車が噛み合い、回転が連動するのを初めて観測~
ナノサイズでの物質輸送、情報・エネルギー伝達可能なナノマシン実現へ
【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:横矢直和)先端科学技術研究科 物質創成科学領域 バイオミメティック分子科学研究室のGwénaël Rapenne(ゲナエル ラッペン)教授、NAIST-CEMES 国際共同研究室、オハイオ大学Saw-Wai Hla 教授らの共同研究チームは、隣接させて配置した2つの歯車状の分子が、実際の歯車のように互いに噛み合って逆方向に回転することを見いだしました。今回の発見は、分子のような非常に小さな構造体においても、回転運動が実際の機械のような仕組みで伝達される動作を観測した初めての例です。
近年、精力的に研究がなされている分子を超微小な機械のように働かせる分子マシンに関する研究では、溶液中での分子の挙動や基板上に吸着した分子1つの動きに、研究の焦点の多くが当てられていました。その中で本研究では、数や距離、角度を制御して分子マシンを組織化した構造体の動きに焦点を当てて研究を進めてきました。この研究で見いだした知見を拡張していけば、複数種の分子マシンが協同的にはたらく分子システムの構築が可能になると考えられます。このような分子システムは、ナノサイズでの物質の輸送、情報やエネルギーの伝達が可能なナノデバイスへの応用が期待されます。
この研究成果は8月20 日にイギリスのNature Publishing Groupの学術雑誌 Nature Communications 誌(10 号、論文番号 3732)に採択され、オンライン上に公開されました。
URL : https://www.nature.com/articles/s41467-019-11737-1
*実際に分子モーター同士が歯車のように噛み合い回転している様子の動画は、上記のアドレス中のSupplementary Movie 2でご覧いただけます。
背景と目的
我々、生物の体の中では、生体を構成する分子が、外部から入力された光、電気、化学エネルギーを用いて、物質の変換や輸送などを行っています。これらの生命活動の鍵となっている分子は、一般的な機械的工作方法では作り上げることが困難なサイズでありながら、我々の周囲にある機械を超えた構造の複雑さや、機能を有するものが数多く見られます。例えば、生命を維持する燃料ともいわれるアデノシン三リン酸(ATP)の合成には酵素のモーターのような回転運動が利用されています。
この数十年来、様々な生体分子が示す多様な動きや働きを、人工的に合成した分子で実現しようとする研究がなされてきました。これらの機械のように働く分子は、"分子マシン"と呼ばれ活発に研究されており、2016年にはノーベル賞の受賞対象となりました。"我々の身近な機械のように動作する"分子マシンが構築できれば、メモリーやセンサーなどを分子という非常に小さなサイズで作製することが出来るようになると期待されています。さらにはSF映画の世界の物語とされてきた生体内で活動するロボットによる診断や医療などにつながるかもしれません。しかしそんなに小さい"機械"は私たちが普段目にするギアやモーターのような動作をするのでしょうか?その答えを探るべく、最近では1つの分子を操作する技術や、その動きを画像化する技術が開発され、分子マシンの研究がさらに広がりつつあります。
Rapenne教授らのグループは、実際の機械の構造や動き、機能から着想を得た分子マシンの開発および、その分子マシンを走査型トンネル顕微鏡(STM)により単分子レベルで操作する研究を進めてきました。2013年には、回転方向の切り替えが可能な分子モーターを開発しました。この分子モーターに関する研究成果はNature Nanotechnology誌(Nature Nanotechnology, 2013, 8, pp 46-51)に掲載され、今日に至るまで分子モーター研究における一つのマイルストーンとなっています。また、2017年には自動車のように動く分子(ナノカー)を用いた世界初のナノカーレースがRapenne教授らの主導のもとで開催され、日本国内でも大きな話題となりました。
参考URL :
https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v14/n7/世界初のナノカーレース開催!/86846
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/700/268607.html
研究の経緯・結果の概要
今回Rapenne教授らは、一方向にのみ回転するプロペラ状の分子モーターを用いて、2つの噛み合わせ歯車を創りました。実際の歯車のように2つのプロペラ状の部分が噛み合いながら、互いに逆方向へ回転し、実際の分子間で機械運動が伝達することを初めて実証しました。
具体的には、これまでにRapenne 教授らのグループにより開発された分子モーター(図1 (a) 左図)を金属基板上に吸着させたところ、5つのベンゼン環を持つ部分を土台にして、三脚型の分子ユニットが上向きに吸着していました。金属基板上に吸着したこの分子は、金属基板に接している土台部分の5つのベンゼン環が右または左に傾くことで、上部の三脚ユニットがプロペラ状の右巻き(P体)と左巻き(M体)の構造をとっていることがSTM観察から明らかになりました(図1 (a) 右図)。プロペラ部分をSTMの探針を用いて操作すると、右巻きの分子では、プロペラ部分が反時計回りに、左巻きの分子では、プロペラ部分が時計回りに一方向に回転しました。この一方向への回転は、土台部分とプロペラ部分がラチェットのように働いているためです。
さらに、右巻きの分子モーターと左巻きの分子モーターが、基板上で隣接して配置されたときの回転の挙動についても検討を行いました。その結果、一方のプロペラ部分を回転させると、隣り合うプロペラ部分が、あたかも歯車のように噛み合いながら逆方向へと回転することが分かりました(図2)。この結果は、"歯車が噛み合うことで運動が伝達される"という、ごく一般的な現象が、ナノサイズの分子においても実現ができるということを示した初の結果です。
今後の展開
今回の研究において達成された2つの分子マシンの動きを連動させるための方法をさらに拡張すれば、複数の分子マシンが組織化し、協同的に働く構造体の開発への展開が期待されます。このような分子マシンを統合したシステムを作製するための方法論が確立できれば、ナノサイズでの物質の輸送、情報やエネルギーの伝達などの様々な機能を持つ"分子の工場"のようなシステムをオーダーメイドで構築することが出来るようになると考えられます。
【本研究内容についてコメント出来る方】
東京工業大学生命理工学院 教授 金原 数
E-mail : [email protected]
【本プレスリリースに関するお問い合わせ先】
奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学領域 バイオミメティック分子科学研究室 助教
西野 智雄
TEL 0743-72-6093
E-mail : [email protected]
【研究実施体制】
今回の研究の一部は、国際的な研究者ネットワークの戦略的な構築を図るために、海外の大学・研究機関に本学の国際共同研究室を設置するプロジェクトにて、光情報分子科学研究室とフランス・ツールーズ市に設置された "NAIST-CEMES 国際共同研究室"で実施されました。また、平成27年度から本学とポールサバチエ大学の博士後期課程ダブルディグリープログラムに在籍し、約1年間ポールサバチエ大学で研究を行った学生も参画しています。
【研究支援に対する謝辞】
今回の研究の一部を行ったNAIST-CEMES国際共同研究室の設置に際しましては、2013年度文部科学省特別経費"研究大学強化促進事業"のご支援をいただきました。あわせて、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究"発動分子科学"(領域番号8006、課題番号18H05419)などからのご支援をいただき研究活動を進めてまいりました。謹んで謝意を表します。
【発表論文】
Yuan Zhang, Jan Patrick Calupitan, Tomas Rojas, Ryan Tumbleson, Guillaume Erbland, Claire Kammerer, Tolulope Michael Ajayi, Shaoze Wang, Larry A. Curtiss, Anh T. Ngo, Sergio E. Ulloa, Gwénaël Rapenne, Saw Wai Hla
A chiral molecular propeller designed for unidirectional rotations on a surface
Nature Communications 2019, 10, 3742.
URL : https://www.nature.com/articles/s41467-019-11737-1
DOI : https://doi.org/10.1038/s41467-019-11737-1
【用語解説】
分子マシン:光、熱、酸化還元、磁場などの外部刺激に応じて機械的な動きをする分子の総称。これまでにモーター、エレベータ、ピンセットなどに似た動きや機能を持つ分子が構築されてきた。
走査型トンネル顕微鏡(STM):鋭い金属製の針を探針として用い、試料の表面上を走査し、針先の1原子と試料との間に流れるトンネル電流を検出することで動作する顕微鏡。原子レベルでの分解能を有しているため、単分子(単原子)を観測、操作するために多用される。
ナノカー:化学合成の手法を用いて構築された、車のような機能を持つ分子。ナノカーを基板上に吸着させた後、STM操作により前進、後退などの動きを行うことが可能。ナノカーの構造は車体にタイヤ状の分子が結合した車状の分子だけでなく、風車型や蝶のような形など多岐にわたっている。
ナノカーレース:2017年4月のナノカーレースでは6チームが参加しました。主宰メンバーとしてRapenne教授はポール・サバチエ大学チームから参戦しました。日本からは物質・材料研究機構チームが参加しました。
https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v14/n7/世界初のナノカーレース開催!/86846
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/700/268607.html
国際共同研究室:国際的な研究者ネットワークの戦略的な構築を図るために、本学が海外の大学・研究機関もしくは本学内に設置した研究室。国際共同研究室では、共同研究推進のため、本学の教員が常駐して研究を行っている。
NAIST-CEMES国際共同研究室:この研究室は、2014年にCEMES-CNRSに設置され、ポールサバチエ大学の分子メモリーや情報素子材料に関する研究や、本学の超高感度電子応答分子などの研究をもとに共同研究体制を構築し、革新的な分子情報材料に関する研究を推進している。
博士後期課程ダブルディグリープログラム:平成27年度から本学とポールサバチエ大学の教育プログラムに在籍し、約1年間ポールサバチエ大学でも研究を行っている。