黒鉛を超伝導にするカリウム原子の並ぶ様子を可視化 ~電子のホログラムで3D原子配列を決定し、謎解明~

2016/11/04

【概要】

 鉛筆の芯の材料でもある黒鉛の層間に、ある種の不純物原子を挿入(黒鉛層間化合物)して冷却すると、電気抵抗がゼロ(超伝導状態)※1になることが知られています。また、黒鉛にカリウムとカルシウムの組み合わせなど複数種の元素を不純物原子として添加することで超伝導状態になる温度(転移点)が様々に制御できることを岡山大学(学長:森田潔)の久保園芳博(くぼぞのよしひろ)教授らが見出しています。しかし、これまでこうした不純物原子がどのような原子配列を取っているかは謎でした。

 今回、奈良先端科学技術大学院大学(学長:小笠原直毅)の松井文彦(まついふみひこ)准教授と大門寛(だいもんひろし)教授は高輝度光科学研究センター(理事長:土肥義治)の松下智裕(まつしたともひろ)主席研究員らとX線を照射したときに試料から飛び出す電子の角度分布(光電子ホログラム)※2がいっぺんに測定できる独自の2次元表示型電子分析器を大型放射光施設SPring-8※3ビームラインBL25SUに設置し、光電子ホログラムから正確な原子配列を直接可視化する方法(光電子ホログラフィー法)※2を開発、この手法を用いて、黒鉛の蜂の巣格子間に挟まれているカリウム原子周辺の原子配列の再生に成功しました。

 さらに物質・材料研究機構(理事長:橋本和仁)の濱田幾太郎(はまだいくたろう)主任研究員と大阪大学(総長:西尾章治郎)の森川良忠(もりかわよしただ)教授・濵本雄治(はまもとゆうじ)助教は黒鉛層間化合物に適した理論計算手法※4とソフトウェアを開発し、光電子ホログラムから得た原子配列モデルに基づき、理論計算でこの超伝導化合物のより精緻な原子構造を決定しました。その結果、カリウム原子が挿入された表面第1層の黒鉛層間距離は 0.537nm (1 nmは十億分の一メートル)と求まりました。

 超伝導を引き起こす原因となる不純物原子の局所構造を明らかにした本成果は、ありふれた黒鉛が超伝導という興味深い性質を示す仕組みを理解し、新たな超伝導材料を探索する上で重要な知見となります。また本手法は物性の基礎研究や新規材料の開発における幅広い応用の手掛かりとなります。

 本研究は、英国Nature Publishing Groupのオンライン科学雑誌『Scientific Reports』に英国時間11月4日(金)10時【日本時間平成28年11月4日(金)午後7時】付けで掲載されました。

【解説】

 固体に不純物元素を加えたり、化合物や合金中の特定の元素を増減させたりすると超伝導や磁性など様々な機能性材料に有用な性質が現れます。従来、原子が整然と並ぶ結晶の構造はX線回折という手法で調べられてきましたが、光電子ホログラフィー法は結晶中の元素を特定しその周囲の原子配列を可視化する強力な手法として最近脚光を浴びつつあります。

 新規に開発される機能性材料は結晶が小さいことが多く、不純物原子の量も少ないので、高度に収束した大強度のX線ビームと効率の良い分析器が必要となります。また大量のデータを処理する計算手法とそれを支える理論研究の進展も重要です。本研究は試料作製・測定技術・理論研究の密接な共同研究の成果です。

 本研究では、大型放射光施設SPring-8ビームラインBL25SUでの光電子ホログラフィー法の実験から、高い超伝導転移温度を担うカルシウム原子が固体内部に存在し、その表面ではカリウム原子が黒鉛の蜂の巣格子の間に整然と並んでいることが明らかになりました。カルシウム原子はカリウム原子よりも強く黒鉛格子と結びついています。結晶中に元素の分布のゆらぎがあり、そのため化合物結晶を割ったとき、カリウム原子だけが挿入されている結合の弱い層が新しい表面として露出する、と考えられます。

【本研究の意義】

 今回、最表面数原子層の領域にあるカリウム原子周りの局所構造を可視化することに成功し、カリウムとカルシウムの分布が揺らいでいることを見出しました。これらは超伝導転移点を押し上げる謎を解くカギになります。近年、表面や原子数層の膜が超伝導になる例が報告されています。光電子ホログラフィー法による原子配列を直接観察する技術と理論研究は、新たな超伝導材料開発において強力な指針となると期待されます。

 省エネルギーや低環境負荷につながる新規の材料開発は今後ますます重要となるグリーン(環境調和)技術の要となります。黒鉛層間化合物は人体の中にもある、ありふれた軽元素で構成される環境に優しい超伝導化合物です。今回注目した超伝導化合物にとどまらず、他にも小型で強力な磁石や高効率で安価な触媒やセンサー、半導体素子の高性能化などにおいて、実はどれも結晶中の不純物や界面などナノの世界の構造体が機能発現の重要な役割を担っています。私たちは光電子ホログラフィー法を活用し、様々な機能性物質の興味深い物性の発現機構の謎の解明に挑戦しています。

【発表論文】Scientific Reports 2016.10.12 受理 

Title:"Photoelectron Holographic Atomic Arrangement Imaging of Cleaved Bimetal-intercalated Graphite Superconductor Surface"
書誌情報:Fumihiko Matsui, Ritsuko Eguchi, Saki Nishiyama, Masanari Izumi, Eri Uesugi, Hidenori Goto, Tomohiro Matsushita, Kenji Sugita, Hiroshi Daimon, Yuji Hamamoto, Ikutaro Hamada, Yoshitada Morikawa, Yoshihiro Kubozono; Scientific Reports, 6, 36258, published online 4 November 2016
DOI:http://dx.doi.org/10.1038/srep36258
naistar:http://hdl.handle.net/10061/11096(NAIST Academic Repository:naistar)

本研究内容に関するお問い合わせ先

奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科
  准教授 松井文彦 TEL:0743-72-6017 E-mail:[email protected]
岡山大学 異分野基礎科学研究所
  教授 久保園芳博 TEL:086-251-7850 E-mail:[email protected]
高輝度光科学研究センター
  主席研究員 松下智裕 TEL:0791-58-1042 E-mail:[email protected]
大阪大学大学院工学研究科精密科学・応用物理学専攻
  教授 森川良忠 TEL:06-6879-7288 E-mail:[email protected]
物質・材料研究機構
  主任研究員 濱田幾太郎 TEL:029-860-4798 E-mail:[email protected]

【本プレスリリースに関するお問い合わせ先】

奈良先端科学技術大学院大学 広報渉外係
TEL:0743-72-5026 FAX:0743-72-5011 E-mail:[email protected]

【用語解説】

※1炭素材料(黒鉛層間化合物)の超伝導 純粋な炭素でできたダイアモンドや黒鉛に「よそ者(不純物)」の原子を混ぜ、低温に冷やすと超伝導状態になります。近年、高い温度で超伝導に転移する材料が相次いで見つかりました。例えば、黒鉛にカリウム原子を挿入すると約0.14 K(ケルビン(K)は温度の単位。0℃は約273.15 K、0 Kはマイナス273.15℃)で、またカルシウム原子を挿入すると約11.5 Kで超伝導転状態になります。今回、これまで種々の炭素系物質を母材にした超伝導物質を研究し てきた久保園教授らは黒鉛にカリウムとカルシウムを少しずつ混ぜていくと超伝導転移温度が連続的に変化することを見出しました。ただし、こうした化合物は空気中で容易に酸化されるため取り扱いが難しく、特に表面の構造は謎に包まれていました。

※2光電子ホログラムと光電子ホログラフィー法 松井准教授・大門教授・松下主席研究員らは、原子立体写真法や光電子ホログラフィー法など物性科学の出発点である「原子の配列を観る」直接的な手法を開発してきました。光の波としての性質である干渉などの現象に基づくホログラムは、モノの立体的な形の情報を平面に記録する技術として、紙幣や証明証など身の回りの様々な場面で活用されています。それと同じように電子の波の性質に基づいて原子配列を直接可視化する方法が光電子ホログラフィー法です。X線を原子に照射すると原子核の周りを運動する電子が外に飛び出します。これを光電子とよびます。光電子の波は小石を水に落としたときのように四方八方に拡がっていき、その一部が周囲の原子によって散乱され、複雑な光電子ホログラムとよばれる干渉模様が生じます。電子は各原子を起点として放出されるので、その原子を取り巻く局所的な原子配列の情報が含まれています。このホログラムを詳しく解析すると特定の元素の周りの立体的な原子配列像を得ることができます。松下主席研究員は初期モデルを仮定せずに光電子ホログラムから直接原子配列像が得るアルゴリズムを開発し、松井准教授は光電子ホログラムを測定する実験環境を整備し、取り扱いの困難な新しい超伝導物質の研究に道を拓いてきました。

※3大型放射光施SPring-8 兵庫県の播磨科学公園都市にある、理化学研究所が所有する放射光施設で、その運転管理は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring 8 GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っています。

※4理論計算手法 新たに開発した高精度なファン・デル・ワールス密度汎関数法という計算手法により、黒鉛関連化合物の最安定構造が0.3%以内の精度で決定できるようになりました。

図1
図2

(左)グローブボックスの不活性ガス雰囲気下で試料を取り付ける様子。冷却し超伝導状態になる温度を確認した。

(右上)黒鉛層間化合物の光電子ホログラム。

(右下)カリウムが挿入された黒鉛の原子配列像。

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